『春にして君を離れ』

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読書日記

2016年02月05日

『春にして君を離れ』 アガサ・クリスティー ハヤカワ文庫 680円+税

題名の「春にして君を離れ」がこの本の全てを物語っている。詩の一節なのである。
主人公のジョーンが、娘家族が住むバクダッドに娘の病気見舞いに行った帰り、陸路でロンドンまで帰る途中、砂漠のど真ん中で列車が来ずに数日足止めをくった。その間に、幸せのはずだった家庭生活、親子、夫婦関係や友人たちとの関係を表面だけでなくその後に潜んでいるであろう別の見方からの批判などに思いを巡らしていく、不思議な物語である。
誰でも思い当たる、読んでいて嫌になるほど誰にでもよくある思い込みやその反省。
殺人が起こるのかと読み進んでしまう。
当初はメアリー・ウェストマコットという名義で出版された。アガサ・クリスティー自身が四半世紀近く著者が自分であることをもらさないようにと関係者に箝口令をしいたという。アガサ作だとどうしてもミステリーと思って読んでしまうからと。
時は第二次大戦直前。アガサらしく、南アフリカやバクダッド、砂漠、エジプト、トルコ、など出てきて世界がとても広い。そして、シェークスピアは出てくるし、コペルニクスはでてくるし。
実直で自信家のジョーンはヒットラーがそんなに悪い人ではないといい、イタリア人と結婚している数カ国語を話す華やかなロシア侯爵夫人はすぐに戦争が始まると言って、病を抱えてウィーンの有能なユダヤ人医師の手術を受けに行く。
心にずしんとくる作品である。
アガサがこうしてさまざまな作品を100編以上も書いていたのだ。たかがアガサ、されどアガサだ。

 

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