屋久島の旅3日目

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スローライフ日誌

2012年12月1日

今日は雨の心配はなさそう。
ホテルからの眺めも晴れている。
しかし、たいへんに寒い。


ホテルの前の広場の白い花。大木にからみついている。


ホテルをバックに。


さて10:00 出発。

先ずは千尋(せんぴろ)の滝へ。
この滝は展望台から眺める。

左側に露出して見える大きな花崗岩の一枚岩
屋久島はこの花崗岩が隆起して出来た島。
滝は落差60m。


別の展望台から海側と千尋の滝を望む。

 

屋久杉自然館


屋久杉のすべてを語る博物館。

数年前に折れた縄文杉の枝も運ばれて展示された。
縄文杉は樹齢2500年から7200年まで諸説ある。屋久島最大の杉。
これを見るには、往復10時間かけて山や崖、森を歩かねばならない。われわれもパス!
杉の平均寿命は500年といわれる。屋久島の杉はかなりの長寿である。
その折れた枝ですら、霊的に凄みをおびている。
屋久杉として今日見られるのは、平木にするには曲がっていたり中が空洞だったりして、使い物にならずに切り残されたからだ。

 

屋久杉の展示


屋久杉は樹齢1000年以上のものを言う。
それより樹齢が少なく例え900年でも小杉という。

江戸時代、年貢として屋久島から薩摩藩に杉が平木にして収められた。
一俵の米に相当する平木の束。

 


縄文杉実物大の写真の側で。

土埋木(どまいぼく)
江戸時代の切り株や残材などが400年間埋もれていた杉
杉は脂気が多く、腐らない。苔でおおわれたり、その上に杉の種がついて育っていく。更新という。
今日、屋久杉加工品が売られているが、それらは全てこの土埋木から作られている品々。

山から土埋木を出せるのは今の時期だけ。
丁度ヘリコプターで山の奥から、何度も土埋木を吊って運んでいた。


外に生い茂る山茶花。

柵の中の若杉は、宇宙に宇宙飛行士の毛利さんが持っていった杉の種を芽生えさせて育てている杉。12年目。

ここにも土埋木。


別館


巨大な土埋木の展示。


昼食


反対側に屋久島の焼酎メーカーの工場。
三岳酒造。甘口の焼酎とか。「愛子」という銘柄は何年待ちとか。

 

屋久杉ランド
ここは木で歩道が整備されているので比較的安全に歩ける。


バスを出迎えてくれる屋久鹿のひろし君。トイレの最中です。
ひろし君は小さい時はキャサリンという名でした。が、大きくなって男の子と分かってひろし君にかわりました。
可愛いでしょう。


倒木に、苔が生え、小さな杉が芽生えている。倒木更新しているのだ。
更新とは、60mの風が吹き、1日に1000mmもの雨が降る屋久島では、倒木や土砂崩れが頻発。その上に実生の杉が芽吹き、若い命を誕生させ、活性的な森林生態を作り出している。


杉の皮が剥がれて、他の木が着生している根の様子がよく分かる。
着生とは、雨の多く湿度の高い屋久島では、樹木の上に落ちた種子が芽を出して成長する。このように樹木や岩石の上に植物が育つことをいう。
屋久杉の木にシャクナゲやナナカマドなどいろいろの木が着生していて、杉にシャクナゲが咲いたりナナカマドが赤く紅葉したりしている!


大きな切り株の土埋木。


切り株更新している。


屋久杉は、切ったら2本新しく植えることになっていた。この木でもまだ小杉だ。


ヒメシャラ。


ヤマグルマの着生。杉を締め付け、枯らしてしまうものも。別名絞め殺しの木。


平木にするために切った跡がよくわかる。
江戸時代、現地で小さく切り加工して、背負って下ろした。


大きなヒメシャラ。


倒れかけたのを支えるようにしている! 新たに根が生えたのだそう。

 

紀元杉
樹高19.5m、周囲8.1m。
安房林道の標高1230mのところにある。
ここには車を横付けできる。
大きすぎて1枚の写真には収らない。
推定樹齢3000年

 


みんなが触った跡が黒くなっている。
勿論私も触って3000年の命の御利益を得た。

 

帰途
夜9:00に羽田着。
モノレールは浜松町までの間、緑豊かな屋久杉ならぬ白く光光とあかりのついた高層ビルが建ち並ぶ合間をぬってはしる。
無機質な人工都市に戻ってきたことを痛感した。

たいへん寒い夜だった。

 

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