能鑑賞

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スローライフ日誌

2016年05月11日

先の日曜日に、「轍の会」という年一度の能の金春流の会に誘われて、能を半日楽しんで来た。
国立能楽堂にて。
いつもお誘い下さるのは、ある大手生保会社副社長だった方で、10年前、ご自身古希を記念して「俊寛」をここで演じられた方である。お誘いが上手でいろいろとお世話下さるのが恐縮至極。
応えるべく、私は事前の予習を怠らない。詞章を読み、解説もしっかりと目をとおして臨む。

能二題。
「芭蕉」
金春禅竹の作といわれ、中国を舞台にした静寂な雰囲気と閑雅な趣の渋いもの。そして長い。2時間かかる。仏教用語や漢詩の引用が多い。
湘水の山中の夜更け、僧が法華経を読誦していると、女が現れ法華経の功力を讃え、「雪中の芭蕉」のように偽りの姿が現れるという謎めいた言葉を残して消える。女は芭蕉の精で、草木は不変の真実の姿を現しているものだと切々と詠い、序の舞を舞って消える、というもの。
華やかさが全く無く、太鼓も入らず、笛のある種官能的な響きに、静寂の奥に緊張感を秘めた、心落ち着く惹かれる曲であった。

「国栖(くず)」
浄御原天皇(大海人皇子ー天武天皇)が大友皇子に追われて吉野の山中にたどり着く。老夫婦に根芹と鮎を献上され、食べ残した鮎を老夫婦に返すと老夫婦は余りに生き生きとした鮎に驚き吉野川に放つと、鮎は生き返って泳いだ。
これは吉報と、追っ手迫ると小舟に皇子を入れ隠し、難を逃れるというもの。
吉野川の上流の国栖村が舞台。鮎は国栖魚と呼ばれる。今日日、吉野の土産として葛があるがこの国栖が元という。
ドラマチックで祝言性の強い、愉快で迫力あるもの。「壬申の乱」をテーマにとり「源平盛衰記」などを典拠としている。

鑑賞後、いつものように会食。中華で。紹興酒の旨さも漂って、能のような研ぎ澄まされた文化を育んできた日本人、またその日本という国に乾杯ということに、いつものように相成った次第。
吉野山に昨年桜を観に行ったが、義経が静御前と分かれるまでの歴史に感動したものだった。が、もっと古く物語りがあったのだ。また吉野山に行きたくなった。 

 

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