悦子の談話室

味噌の付いたオリンピック

     
 

5年後のオリンピック用新国立競技場といい、エンブレムの盗作疑惑といい、何やら不可解不愉快そしてお粗末な疑惑が次から次へと出没している。
本来オリンピックとは、夢と希望の祭典のはず、不戦の誓いのはず、が何たることか。大人はもはや見にも行きたくもないで済むが、愛しい子供たちへなんと申し訳するか
企画・計画する側も、それを検討・審議する側も、およそ無責任・無見識としかいいようがない。明白・確固たるコンセプト・ビジョンなしに、どうやって一つの纏まりある実行を束ねていけるのか。
私は以前にも記した、そもそも未曾有の東日本大震災の最中、オリンピックになど手を揚げる場合かと。
仕方がない、当たってしまったのなら、オリンピックは確か東京という都市(東京が都市なのならばだが)で行なうもののはずが、千葉や埼玉でも実施するというのであれば、会場の一つや二つを被災地の東北にもっていく、くらいのことを誰も考え提案しないのか。
様々に怒りながら考えるに、日本はいまだ、進歩といえば高度経済成長期の土建屋主導の発想しか持てないのか、環境問題も文化・伝統問題も安全問題も全て忘れて、ただ大きく新しいだけのコンクリートの突貫工事で前進するのみなのか、愚かなそんなことでいいのか、怒りが募るばかりだ。精神的な成熟した豊かさがまるっきり無いのではないのか
新国立競技場は白紙撤回と、安倍さんかっこいいところだけ言うが、ではこれまでの不始末の責任を取って下さいよと言いたい。やり直しても、残念ながら体質が変わっていないのだから同じ事の繰り返しだと思う。
エンブレムも、やり直した方がいい。外国が絶賛した日本の誇るデザイン・意匠力はどこにいったのか。

前の東京オリンピックの時は私らは高校3年生。大学受験勉強の真っ最中。開会式の日、千葉駅で同級生にばったり会った。歯科を目指している彼。「これから国立競技場に行くんだ。大学なんか落ちたっていい。オリンピック見なきゃ!!」と夢見る満面の笑みを浮かべていた。いまは子供がクリニックの後を継ぎ、三代歯科で千葉市の名士に納まっている。
そんなわれわれを育て支えてくれた親たちは今はいない。昨日は送り盆。ここ九十九里では16日が送り日だ。1年振りに帰って来てくれた仏様たちに、また来年ね、と話ながら、こんなことになっている日本をどう思っているかふと考えたら、何故だか涙が出てしまったよ。しつかりと物事を考える親たちのことを懐かしく思い出してか。

(15.08.17)

 
     

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