4日目

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モロッコの旅 

2016年04月23日(土)

古代ローマ遺跡のヴォルビリスへ フェズから1時間

ヴォルビリス遺跡
この地がローマ帝国に組み込まれたのは紀元前40年頃。豪奢なモザイクが残っているが当時イタリアから運ばれてきたもの。
2、3世紀にはローマ属州の州都として栄え2万人が暮らしていた。
古代ローマ帝国とはほんとに凄いものだ。地中海沿岸は全て、そして欧州のほぼ全域を制覇していたのだから。
1755年の大地震で壊滅し、1874年から発掘がすすめられている。


可憐な花が咲き乱れる。


魚のモザイク模様。


遠景


オルフェウスの家。
オルフェウスは竪琴の名手で、彼の奏でる調べに像や猿の動物たちや木々までもが魅了されたという。

この地域には、第二次大戦後まで野生のライオンが生息していた。


円柱の頭にコウノトリの巣。モロッコにはコウノトリが多い。


この先はスペインに通づるとか。ハンニバル軍が象を引き連れて通ったのかな。


ヘラクレス功業の家。
ヘラクレスが怪鳥や牡牛などに勝利した4つの偉業が描かれた床モザイク画。


まだまだ発掘されていないところが多い。
強者どもが夢の跡

 

古都メクネス

1666年アテウィー朝によりモロッコ王国の基礎が築かれ首都をメネクスにおく。20世紀初頭にフランスやスペインの保護領になるまで続く。
旧市街(メディナ)には最初の王ムーレイ・イスマイルの霊廟があり、世界遺産に指定されている。


旧市街に入る門の一つ。


スーク(市場)前のエディム広場
モロッコは信号があまりないので、道路を渡るのに必死の覚悟がいる。自動車も本気で走ってくる。


エディム広場からマンスール門を望む。


どこも水場が美しい。


何という木かしら。

 

古都フェズに戻る

古都フェズ観光
フェズは、786年からイドリス朝により首都として建築が始まる。
1055年のムラービト朝で首都はマラケシュに。しかし、1269年からのマリーン朝でまた首都なり、1465年までレコンキスタの強まったスペインからの移住者の洗練された文化を伝えた。


ブー・ジュルード門
旧市街への入り口。門アーチの奥にはミナレット(礼拝を呼びかける塔)が見える。

中に入ると狭い通りに店が軒を連ねごった返してスーク(市場)となっている。迷子になったら最後、出られないだろう。
周囲10kmという中世の暮らしが保たれている。いまだ車は入れずロバが主役。そうですよ、道幅は狭いですから。ベールを被っり民族衣装の人々が行き交う。
大学、お墓(廟)やキャラバン・サライ(隊商宿)等もある。ムーレイ・イドリス2世廟は現在女性の駆け込み寺として聖廟である。
カラウィン・モスクは859年に建てられた教育機関としても名高いく、世界最古の大学とも言われる。アラビア数学はここからヨーロッパに伝えられたとされる。
いろいろ写真を撮りたいがともかく狭いし大勢の賑わいだしでとても無理。

 


ブ−・イナ二ア・マドラサ
マドラサとは学校のこと。1357年に完成したフェズの一番大きな神学校。大理石やアトラス産杉がふんだんに使われている。少し前まで戒律や仕付けの厳しい貴族の子弟のエリート校だった。現在は博物館となっている。

民家でミントティーをいただく。
モロッコのお茶はミントティー、緑茶に新鮮なミントの葉を加え、熱湯を注ぐ。

さてまたスークの見学。


昼食のレストラン。
アラビア風でのんびりしている。


また外へ。


タイル張りが美しい。


水場も綺麗。


タンネリ(皮なめし職人街)にやってきた。
皮製品が特産だ。
屋上から皮なめしの作業場を見る。強烈なにおいなので、予めミントの葉房が与えられ、鼻を塞ぐ。


旧市街を見渡す。


新市街も開発が進んでいる。

 

宿へもどります。
フェズで二連泊目。

 

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