1日目(13.11.23)

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ミャンマーの旅 6日間

ミャンマーと日本との歴史的関係を復習して出発。
11世紀に最初の統一王朝がビルマ族によってバガンに築かれ、今のミャンマーの基礎となる。
13世紀モンゴル・フビライハンの侵攻を受けてその王朝は滅びる。マルコ・ポーロは『東方見聞録』の中でこの戦いを忠実に記している。
16世紀にタウングー朝がバカンを復興。タイ、ラオスを制して大ビルマ国家をを造る。が、これも17世紀に衰退する。
18世紀に、コンバウン朝が再びミャンマーを統一する。そして、イギリス領インドへ侵攻するが、1824年から3度にわたって英印軍と戦争、負けてイギリス領インドに併合されてしまう。つまりはイギリスの植民地となる
第一次世界大戦中に起こったビルマ族による反植民地運動は、第二次世界大戦下ではアウンサンら30人の志士を中心とするビルマ独立義勇軍として活発化する。
日本軍はアジアを植民地から解放するという名目でイギリス軍とビルマでも戦う。そして、イギリス軍を破り、1942年から45年までビルマを占領しビルマ国を建てるが、日本軍が敗北すると、ビルマは再びイギリス領になる。
そして、1948年、イギリス連邦を脱退して、独立国となる。
日本軍がイギリス軍に勝利して、イギリス兵の捕虜を酷使しクワイ川に補給用の橋を架ける事態が、ハリウッド映画「戦場に架ける橋」
。 日本軍が負けてイギリス軍の捕虜になる事態は、小説『ビルマの竪琴』に描かれている。
国名のビルマは、1989年にミャンマーと改名。首都ラングーンもヤンゴンに。そして、軍事政権は2006年、首都をネビドーに移した。
英国統治時代は、ヤンゴンは公共サービスや社会インフラの充実がロンドンと肩を並べる程だった。


さぁ! 微笑みのミャンマーに向け出発

成田発  11:45  NH0913
 ANAのヤンゴン直行便

 ネットで出発24時間前に座席指定をする。
 進行方向左側の窓際。翼で下界の視界が遮られないところを指定。
 それで富士山がしっかり見えた!
 素晴らしい眺めで、こちらの心持ちまで清々しくなる。

このように飛ぶ。

ヤンゴン近くになって、泥のようなもので埋め尽くされている大河や地面に驚く。
後で配られた日本人滞在者向けの冊子に、11月にデルタ地帯は大洪水にあい、畑は全て泥に覆われて農作物は全滅とあった。
因みに日本人滞在者は400名とか。

 

ヤンゴン着 17:15  時差はヤンゴンが2時間半遅れ

気温32℃というが、それ程暑さをまだ感じない。

ミャンマー滞在中はチョウさんがガイドを務めてくれた。
難しい日本語を流ちょうにこなして、質問にも必ず応えてくれ、分からないときは翌日までに調べてきてくれる。
日本語学校がヤンゴンには多くあり、そこで学んだと。大学での専攻は経済だったとか。
30歳代半ばの優しい女性。
ロンジーという民族衣装衣装しか着ないという。(殆どのミャンマー人がそのようだ)

宿泊のホテルのまどを開けると、シュエダコン・バゴダが美しくライトアップされていた。

 

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