『静かな大地』

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2015年10月23日

読書日記

『静かな大地』 池澤夏樹 朝日文庫 1000円+税

アイヌと言えば、私は小学校に上がる前の頃だろうから65年も前の事だろう、ラジオから聞こえてくる「コタンの口笛」という子供向け物語りを思い出す。
この著は、著者の先祖の物語りを創作として綴っている。
江戸末期、幕府の命で北海道に入植させられた淡路の藩の武士たち、その後の生き様を記している。
まだ蝦夷とよばれていた北海道。アイヌの人々はそれでも既に徐々に「和人」に追い詰められていた、「土人」と呼ばれて。
主人公宗形三郎は武士の身分を潔く捨て14歳かそこらで札幌で農業を学び、クラーク博士の言葉に深い感銘をうけ、アイヌの人々との共棲を求め牧場を開く。
既に彼は自分の行く末を悟っていた。共に牧場を営もうと言ってくれた盟友に「断わる」と。何故か。「きっと裏切るから」と。「いや裏切ったりはしない」「いや裏切るのは私だ」と。つまり、アイヌと和人の共棲は出来ずに、自分は和人を裏切ることになると。
その通りに、アイヌの人々と上等の馬を産出し牧場は大成功するも、和人を雇わぬ、アイヌの魔術で駿馬を育てているなどあらぬ噂をたてられたり、明治に入って殖産興業策か官吏に幅をきかせた政商からの乗っ取りにあい、焼け打ちにあい、アイヌ人の親友を失って、三郎は気力を失い自害してしまう。
イザベラ・バードさんの話も出てくる。三郎は彼女に遭遇した。合って話をしたと言う形で。彼女は明治11年に北海道を探索している。そして、彼女の一言、「アイヌは気高い人種だ」という言葉で開眼したという。
滅びの道を歩むアイヌの人々の哀しさ、心ある日本人のこころの哀しさが切々と迫ってくるが、読んでいて不思議と心穏やかなこころ温まる心持ちになれるのは著者の感性故か。
この著のいわば語り部としての三郎の姪、語り部というか書手というか。語り部は姪の父、三郎の弟である。まあこの語り部形式を取ったのも、アイヌを言葉の民と言っている著者の構成の賜物か。その姪の夫に、時節柄これをこのまま本にするのははばかりがあると言わせている。国全体が戦いに向かっている時に、と。昭和17年の事だ。

近代国家日本は傍若無人に突き進み、世界を破壊してきた。今もまた世界の泥沼に入っていこうとしている。
これを読みながら、沖縄の事、琉球の人々のこともこころに浮かんできてやまなかった。

 
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