またまた 骨折の記

千葉ウィメンズ・フォーラム

こころをスローにすること実行委員会

メンバーの方の骨折体験記です。

下に記されている歌舞伎座の一件、やはり不便さを歌舞伎座に伝えようと手紙を出したそうです。そうしたら、改築のバリアフリーの委員に任命されたそうです。
歌舞伎座の姿勢に感心しました。

骨折体験には実に多くの関心が寄せられています。
日に何人骨折していることやら!
篠崎の体験記は「骨折闘病記」として載せています。   (2007.02.15 更新)


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2005年4月25日〜

この日記は この春 63歳の私が骨折して左手固定・左足ギブスで曲がらず、右手は松葉杖という状態に陥った折の日記から外出時に感じた部分を主に抜き出しました。
30年ほど前 始めて中国旅行をした時 北京の町には沢山の車椅子を押された方々を見受けました。その時は文革で被害にあわれたのかと思っていましたが後で聞くとそうではなかったようでした。次に 仕事の関係でヨーロッパを旅した際 鉄道運営に関してはとんでもないと感じたイギリスでさえロンドン中心街に限って見れば 地下鉄から地上まで 巨大なエレベーターが設置されていました。丁度腰の手術をして不便な思いをした後でしたのでその頃から 日本のバリアフリーについて常に心に留めてきましたので 


4月25日 

 私の年中行事の最大テーマは 1 にお花見  2 に花火
今年の桜は 諺のとおり ぱっと咲いて ぱっと散りました。
とりあえず 近間の桜の名所を見残さないようにちょっと頑張りすぎて
寝不足が続きました。そして後回しできる各種手続きが押しに押して
今日は 送付すべき郵便物と 銀行の支払いを済ませましょう。
夕方からある パーティにそのまま出席できるようにちょっとおしゃれをしたので 靴も暫く履きなれない少し踵のあるものにしました。
まず 近所の 郵便局へ、残り少なくなった切手も購入して のんびり動くエレベーターを待たずに 外階段に出て 2~3段降りたところで 
アー!! 靴の踵が 階段の滑り止めに引っかかって 頭からまっさかさまに。 落ちながら あー このままだと今度は命にかかわるかな
床にぶつかって ちょっと 意識が飛んで 気が付いて4〜5分(もっと短かったかも)動きが取れません。馬鹿なことに 手にしていためがねケースは何の傷も無いのです。めがねケースを手放して手すりにすがらなかったのか 我ながら理解不能です。左目上の額がずきずきします。左肩も打った様ですし 腰が伸ばせません。
うずくまって周囲に目をやりましたが道に人通りはありません。
そろそろと立ち上がって タクシーを拾って近所の病院に向かいました。
受付で訳を話して 暫く待つと看護士が出てきて 額の腫れをみて 頭を打っている可能性があるので 脳外科のある病院に行った方が良いとのこと。どこか と聞くと サー と言う返事です。
いざ となったとき 治療を受けている他の病気の都合もあるので 信濃町のk 病院にタクシーを飛ばしました。この時 時間は午後2時 一般の診療時間は過ぎているけれど 救急センターに行けば大丈夫と思っていました。救急の受付に行くと 救急センターは 救急車で搬入した人しか受け入れないとのこと。腰の持病で受診している旨を話すとでは 一般の受付にという指示で初診受付診察券を出すと すっかり忘れていましたが 以前脳外科を受診していたことが判明。医師を探して診察が可能か聞いて見ましょう。と言うことで 30分待たされ 漸く診療可能と言うことになりましたが、もう一度 一般受付で受付を・と言うことで 別の場所にある一般受付で 予約無しの受付を申し入れ 医師から診療可能の許可を受けている旨申し出ます。 
ここで更に 40分待たされて漸く診察室に行くことを指示されました。問診を受けて 医師は整形外科も診察を受ける必要があるといって 整形外科に連絡を取り 脳外科の検査が終わる頃整形の医師が出張ってきてくださることにしていただきました。 CT を撮影にいき 帰りに整形外科の受付をしてくるようにとの指示を受けます。あちこち打っていますから 体中痛くって頭もふらふらします。よたよたと CT を撮影し もう一度 受付に行きます。この受付で略1時間待たされていると 脳外科の看護士から連絡がありあんまり遅いので 整形の医師が帰ってしまったと言ってきました。でも 私にはどうしようもありません。病院内の問題なのにと思いながら又よたよたと脳外科迄歩きます。脳には問題ありませんでした。ただ 今晩一晩 気持ちが悪くなったら悪化したことなので来院するようにとの指示。整形外科は 救急外来で診てくれるように頼んでくれました。又 よたよたと 救急外来まで歩きます。あちこちレントゲンを撮って(撮影部位によって場所が変わります。その度によたよたと移動します。)左膝お皿が 縦に骨折、左肩に 長めのひび と言うことでした。膝はギブス装填が必要、肩は三角巾で固定という治療だけれど あまり重篤ではないから自宅の近くでの施療が良いでしょうとアドバイスされました。既に18:00過ぎているので本日中の施療は無理かもしれないので 包帯固定で応急処置して貰い、だんだん腫れて来た左額は気になったら冷やすと良いというサジェッションとレントゲン写真を借り受けて支払いを済ませて18:30 病院についてから4時間30分 漸く帰宅の途へ。病院としては システムの中で手を尽くして何とか診察をしてくれたのだと思います。
今日一日で解ったこと  
自分で処置できない程の 怪我や 病気の際は 遠慮せずに救急車を呼ぶこと
些細なことで救急車を呼ぶ人がいると非難する関係者がいますが今の医療事情では 病人としては他に方法がありません。
脳外科のある 特定病院以外の病院なんてどこにあるのでしょう。
一見いかにも元気そうですが 病気の問屋の私でさえ考えたこともありませんでした。

一人暮らしの私は 夜半のもしもに備えて 近くに住む妹に  時々電話してくれるよう頼み、又 連休に予定している姉妹旅は参加する旨も報告。
明日からは 暫くお風呂に入れ無そうなので 損傷部分をかばいながら お風呂に浸かって 豆乳を飲んで やっとお布団に


4月26日

顔を洗って 着替えて これで20分。普段は5分。前が開いてボタン数の少ない上着、お手洗いで上げ下げ楽なように 下着の量は極力減らして。
どんどん広がって色が濃くなる額の打ち身を隠すのにつば広帽子。
一つで何でも収納できる肩掛けバックを背負っていざ病院へ 
過日 骨密度測定をお願いしたおり 丁寧に対応してくれた 近所のY整形外科で受診。K病院のレントゲン写真を持参しましたが 再度 背骨全体、頚椎、股関節も含めて8枚のレントゲン写真撮影する。診断は前日と同じ 左膝の皿骨折と左肩のひび、と言うことで 足は 足付け根から足首までギブス、左手は三角巾で肩からつって固定、足の保護 のために片側松葉杖ということになりました。全治略2ケ月とのこと。松葉杖は貸与、一日100円。2ヵ月分先払い、松葉杖の注意書きを見てびっくり、濡れた場所での使用は すべる危険があるので注意  とありました。雨の日は?と思っているうちに病院の窓の外は突然 しの付く雨、傘の容易はありません。受付の女性が走って タクシーを拾ってくださる。ありがとう
タクシーを 降りる時も 運転手さんが傘を指しかけて 玄関まで送ってくださる。
玄関から 部屋まで 松葉杖の発出 持ち手の高さ調節間違ったのか脇の下に負担感がある。

       楽しみにしていた 6月の蛍の旅 とても残念だが 欠席の旨メール

体力仕事は暫く無理そうなので代理を手配、前回のこともあるので
(6年前に右手尺骨遠位端骨折、3年前に右手首複雑骨折)それぞれから
骨粗鬆症ではないの?との質問。昨年の検査では 骨密度は多いと言うほどではないけれど 年齢から見ると十分という結果でした。
ありがたいことに 皆様に助けていただいて今の仕事量は何とかこなせそう。クライアントに大きなご迷惑はかけないで何とかなりそうだが 出かけてゆくことになっている 打ち合わせのいくつかを 電話とメールで 済ませられるようお願い。意地悪おじさんたちは どうしても顔を合わせないと打ち合わせできないとのたまう。
お食事は今日のところは 冷蔵庫にあるものを皿にラップを敷いてチン。けちな私がお弁当のたびに貯めていた 割り箸で頂く。使い捨ては好きではないがこんな時は便利。前回の骨折は右手だったのでホークとスプーンを持ち歩きましたっけ。冷蔵庫の生食材は使え無さそうなので友人に引き取って貰う。


4月27日

大好きな チベット仏教 ラマ教のお坊様の生詠唱をバックに馬が躍る と言う フランスの騎馬オペラ ジンガロ は 期待に期待した 講演で 木場公園の特設テントで実施されていて 今日がその日  
出かけようかどうしようか 朝から悩む。私の席は前から2番目の中程
この舞台は すり鉢上の底部分になっているとの情報から 席にたどり着くのは難しいかも。でもこの講演も間もなく終わり 何とか観たい。もうひとつ 木場公園までどうやって出かけるか?最初は何の疑いも無くタクシーの積もりでしたが いや待てよ。行きは良いが 帰りはタクシーが拾えるでしょうか?
よたよた道路にたどり着いた時はタクシーが出払ってなんてなったら と不安がよぎります。思いつきました。確か 木場までは 都営 大江戸線がある筈。早くにできた地下鉄はバリアフリー対策はできていたり 無かったりですが 大江戸線は 地下深く 高価で悪評ぷんぷんですが バリアフリーは完璧ですし 評判が悪い分混雑は少ないのです。
と言うことで 駄目もとで 開演2時間に到着する予定で地下鉄で出発することにしました。
我が家は 長い間 東京のチベット(差別用語のようです)と言われて公共交通からは見放された地だったのですが 10年の永きにわたる 工事の末 南北線(都営三田線も)が敷設されました。最寄り駅は 港区が大好きな歩道橋(都立広尾病院、港区最大の芝公園どちらも余程考えに考えないと歩道橋をわたらずにはたどり着けません)を渡れば目の前、それも 全てのの昇降には エレベーターが設置され 我が家から階段を使わずホーム迄 行くことができます。乗り換えの麻布十番も長い道程ですが時間さえかければ 階段を使わずホームにつけます。木場駅も全てエレベーターで地上に出ることができます。会場までは歩いても10分程度と言うことで 時間も十分あることでゆっくり歩いて公園に着きました。どうなることかと 胸高鳴らせて 木戸口を入ると 若い男女2人が 駆け寄って来ました。
なになにと思ったら なんでもお手伝いします。良ければ車椅子を用意します。
席は チケットの席まで送ります。と言うことで 観劇できることになりました。嬉しいです。

まだ時間が大分前なのですが 評判の講演だけあって 待合のスペースは人でごった返しています。フランスのブランドメーカーエルメスが協賛だけあって 待合スペースのゆったりした椅子は エルメスオレンジのエルメス製 でも もういっぱいです。先ほどの若者が走り回って 席を確保してくれました。更に 中央に設置された スナックコーナー から 何か購入してきましょうか?と言うことでスナックとコーヒーをお願いしました。ゆっくり頂いて ぼんやり辺りを見回していると ゴミを捨てましょう と言って 空きボックスを 持っていってくれます。そして 一般の人の入場が終わったところで 席まで運んでくれると言うことでした。
終演後 は又 迎えに来てくれるそうです。入り口まで行ってみるとそれはそれは急な階段で 車椅子の前後を4人の若者が持ってくれるのですが申し訳ながると 毎日やってますから。今日も3人いらっしゃいます。と明るく言われます。
終演後お手洗いに行こうとしたら長い行列。つい アラッと声を出したら 若者が気づいて お手洗いだったら別にあります。と言って案内してくれます。広々した多目的トイレが 5つもあります。 講演も勿論素晴しかったのですが この扱い なんと素晴らしのでしょう。このシステムは どこが作ったのでしょう。骨折してよかった とまで思ってしまいました。良い経験をしました。
帰りは タクシーまで 拾ってもらって木場駅まで行きました。 ところが 地上に出たのが どこの口だったかを 確認しておかなかったので エレベーターが設置された地下鉄入り口が見つかりません。3つほど入り口を回ってもらったのですが どこにも エレベーター設置についての表示はありません。
諦めてそのままタクシーで我が家へ


4月28日

昨日 あんまり 素晴しい経験をしたので ちょっと期待したのが間違いの元。
これも 評判の 中村勘三郎の襲名興行 5月講演分のチケットも入手済み なので 歌舞伎座に電話で バリアフリーの状況を確認。 まず 膝が曲げられないのだがチケットの席に着席できるかどうか これは ? 大分後ろの端に席を作ってくれるが(チケットは一等席 作ってくれる席は 2等席。 でも差額払い戻しは無し)何度も出かけてかって知ったる 入場口からの階段やお手洗いの状況も考え合わせて観劇は断念。 
友人にチケットを譲りました。がんばってチケット入手したのに残念。そしてこれが日本を代表する文化の発進施設。そして 答えてくれた人の言葉尻 悲しいものでした。いくら役者ががんばってもこれではね。でも役者も芝居をするだけが能ではなく 自分の芝居をよりよく見て貰う努力もするべきでしょう。昨日の騎馬オペラも 主演者の意向が強かったと聞いています。(歌舞伎座も 老朽化とバリアフリー対策を考えて 建て替えが検討されているようです。その節には 是非 実際に障害のある方の意見を直接汲み取って欲しいと思います。)でも 今の建物でもやる気があれば 完全でなくても改修できるのに 古いという言い訳の元で怠慢を決めているだけのように思います。恥ずかしくないのでしょうか? 


4月29日

連休が始まりです。妹が在住する新宿区経営の 箱根の保養施設2箇所に2泊ずつ 姉妹5人で温泉旅です。管理組合の理事長をつとめる我がマンシオンは この連休を含んだ7日間 住人が留守が多いだろうと予測して ただ一台の エレベーター修復工事をする予定です。エレベーターが終日止まります。7階の住人である私は出かければ皆に迷惑をかけますが 一人で残すのも心配と言うことです。同じ路線に住む妹に寄ってもらって 荷物持ちを頼み 地下鉄南北線で 四谷迄。 元気なら四谷で地下鉄丸の内線に乗り換えて新宿まで出るのですが 丸の内線のホームへの下り階段が にわか障害者には 怖いのでここからは新宿の小田急線迄タクシーで行きます。
小田急線の新車倆はゆったりとできていて 足が伸ばしていられるので快適
小田急箱根駅は 観光地の入り口にもかかわらず なんとも レトロ

混雑している登山鉄道は避けてタクシーで強羅まで。道は渋滞を究めます。
強羅から ケーブルカーに乗ることにしました。ケーブルカーの乗り口も込み合っていますが 2台ほどやり過ごして 最前列に並んで乗り込みました。
2駅目で下車なので入り口に立っていると込み合っているのに 周りの人がかばってくれます。皆親切。下車後は箱根の緑を楽しんでゆっくり 歩きます。骨折者に 温泉は望ましくは無いので いつものように 一日3回も4回もの湯浴みはできませんし 大好きな箱根ハイキングもできませんが 広い広い庭で 先に送った本を 堪能する積もり。区の施設なので館内のバリアフリー対策は万全。額の打ち身は 額から下がって 今日は左目は殆ど 丹下左膳状態 廊下で出会う大人は 一応にとりあえず目を留めたのち あわててて目をそらします。子供は正直で じっと見つめてきます。状態によってはこれは残酷なことかもしれません。


4月30日

近所の箱根公園を散歩して楽しみにしていたとんかつを食べましょうと言うことで出かけました。箱根公園は 特別開館部分の いろはもみじの緑の美しいこと。公園内の美術館は階段だらけで 鑑賞断念。庭のベンチで心も体も緑に染まります。公園を出てとんかつやさんに向うと略20度はあるかという急坂を下ることになっています。タクシーは拾えません。慎重に慎重に坂を下ります。疲れ果ててやっととんかつにありつきました。私は 宿に 妹たちは今年開館したラリック美術館に出かけました。私の大好きなガラスを 今年は見ることができません。妹たちが用意してくれたお煎餅をかじりながら読書。
時間の経つのを忘れます。


5月1日

もう一軒の 新宿区の保養施設に移ります。チェックインまで時間があるので
ロープウエイで 芦ノ湖まで。 時間がずれているからか混雑も無く芦ノ湖の駅に。下車すると 駅員さんがすっと手を差し伸べて 横道を指し示し エレベーターとスロープで外に出られるとのこと。但し この道はロープで遮断されていて誰でもが利用できるわけでは無さそう。私は 三角巾で手を吊り、松葉杖を突いていかにも障害者なので 黙っていても助けてもらえるが 障害が目に見えないとどうなのかしら。30数年前 未だ バリアフリーと言う言葉さえ知らなかった頃、腰椎すべり症 と言う脊椎のずれを手術した際 半年の寝たきり状態から脱して 予後で時差出勤している時期 丁度シルバーシートが導入された直後ででお年寄りに バスの座席を譲るよう声をかけられたことを思い出しました。
足腰や手に障害があるとバスは とっても不安な乗り物なのです。

頑張って 遊覧船に乗る。 元箱根から畑宿まで歩く妹たちと別れそのまま遊覧船で元に戻ってしばし公園で日向ぼっこ。お手洗いに行くと個室は狭くって足を伸ばしては無理な狭さ。ひとつ 車椅子マークの個室があるのですが鍵がかかっています。うろうろしていると丁度お掃除の方が見えたので聞くといたずらする人がいるので通常はロック状態。と言って鍵を開けてくれました。うーん? すっきりしたところでロープウエイ乗り場へ 駅員さんに声をかけて降車時の逆をたどってホーム手前に出ると そのまま待つように指示されました。ホームは混雑が始まって大分長い列ができています。頃合いを見計らって手招きされたので 前に進むと並んでいる人を制止して乗せてくれました。
設備的には まだまだバリアフリーができているとはいえませんが 働く人々の心の中には バリアフリーがしっかり根付いているように思えました。


食事どころは どこも混雑していますし 一人でよたよた出入りするのもはばかられたので お腹ぺこぺこ。駅でお弁当を探してもこの時間は甘いものばっかり。ホテルにも施設は無く 近所にもそれらしいお店も見当たりません。仕方なくホテルに戻って持参した夜のお楽しみ食糧でお腹を満たします。


5月3日

顔の打ち身は 左目が漸く針のごとくほっそりと開いてきました。色は七色
ロープウエイ、ケーブルカー 箱根登山鉄道 を乗り継いで 湯元へ。
どの乗り物も 平日のごとくゆったり。湯本のお豆腐やさんで昼食
小田急線で新宿、タクシーで四谷、四谷から南北線 
南北線を含めて 改札口はどこも人は右利きで健常を条件に設計されています。右手が使えない人は 体をひねらないと切符が挿入できませんのでどうしてもいったん停止状態になります。混雑していると後から続く人にどすんと突き当たられます。
住まいのエレベーターは止まっているので 松葉杖を持って貰って 手すりにつかまって 7階迄自力で上がる。ホットして お布団にごろり。
5日までエレベーターは動かないので この間のお買い物と 事故後たまっていた洗濯をして妹は帰宅。昨年までは肉屋も魚屋も八百屋も対面の個人商店があって 前回右手骨折の時は 何でも届けて貰えたのですが 特に八百屋さんは 洗って切ってまでして配達してもらえたのですが 再開発の名の元に個人商店の殆どが消えて お惣菜の種類は増えましたがお店まで出かけなければ手に入りません。再開発完成後の周辺は高層マンション群となります。いったんエレベーターが止まったら どうなるのでしょう。

右手のみで パソコンを使うのもなかなか骨が折れます。時間がかかるので
あんまりぼんやりともしていられません。ボツボツと仕事にかからないと。

脱いだ服が 洋服ダンスにうまくしまえません。スカートハンガーにスカートが止められません。


5月6日

Y 整形外科へ。膝の真ん中辺が擦れるように痛いのですがもう少し様子を見ましょうということ。レントゲンを2枚撮って変わりありません。次は2週間後に。打ったところの痛みはなくなったのですが持病の 股関節が 針で刺すように傷みます。どうしても弱いところに症状が出勝ちとのことで少し強めの痛み止めと 胃薬が出ます。 途中古川橋公園は 川に面した眺めの良い公園ですが 一人のホームレスが住み着いてベンチの下は彼の荷物で
埋まっていますし 片隅には鳥かごを置いて 私は名前を知らない鳥を飼っています。そして 何より困ることは 鳩に餌をやるのです。この周辺はいくつかの大型公園があることから 鳩やカラスが増え続けてあちこち鳥の糞で白く染まっていたのですが ここ1年程のごみ収集法との兵糧攻めが功を奏してこのところ 大分改善されているのに この古川橋周辺は 鳥の糞で真っ白なうえ 気温が上がると異臭を放ちます。普段はここを避けて通るのですが 近隣は再開発の最中であちこち道路をひっくり返していたり工事用の車両の出入りが激しかったりで分張って歩かなければならない今は 道幅の広いこの道を通ることになります。


5月7日

月一度の 区の依頼で主催する男の料理教室の日。殆どの人が定年退職後の方々。皆さん楽しみに来て下さるのでお休みもできません。いつも一緒にお仕事する人に講師はお願いして私は助手を務めます。
人生の先輩の生徒さんの一人から運動神経が無さ過ぎ、自分は柔道をするので転んでも怪我はしないと笑われました。確かに運動神経はありませんが
都営三田線で田町に出て 階段を上がってエスカレーターで 都営浅草線のホームを伝って改札を出ます。階段を下がって上がって駅前ビルに入ってビル内のエレベーターを使って2階まで JR田町駅コンコースに出ます。ここを通り越してエレベーターを降りると会場の男女平等参画センターです。
駅から連絡通路を経てこのエレベーターまでどこからどこまでがJRの管轄でどこからどこまでが 港区の管轄か工事が始まった頃伺いましたがあんまり込み入っていて覚えきれませんでした。
都営浅草線は成田空港、羽田空港につながる路線ですから 大きな荷物を持った乗客が多いのですが エスカレーターも一部しかありません。このエスカレーターを利用する為の前後はどうしても階段を使わなければなりません。浅草線の改札階からホームはエレベーターがありますが地上に出るには階段を上らなければなりません。
都営三田線のはずれにもエレベーターがあってホームから改札口に出られますが
この改札口から JR田町駅に行くには 元気な人でも5分は歩かなければなりません。又このエレベーターを使って浅草線に乗り換えるにはいったん地上に出て5分ほど歩いて階段を地下に下ります。エスカレーターもエレベーターもあるにはありますが つながっていないのです。


5月10日

打ち合わせで 銀座に出ます。地下鉄南北線で溜池山王へ 銀座線に乗り換えたいのですが いつもなら階段10段ほど上がればあっという間にできる乗換えが エレベーターを使おうとすると エレベーターで改札階に昇りいったん改札を出て ぐるっと回って別の改札口から銀座線に通じる改札口に入ってエスカレーターを使って銀座線のホームです。打ち合わせ場所は3丁目なのですが未だ朝が早いので未だ商業ビルは営業していません。と言うことは地上には階段を使うしかありません。もちろんホームから改札階までもエレベーターもエスカレーターもありません。通勤時間の外出は初めてで緊張の連続です。
嬉しいこともいくつかありました。電車は着席はもちろん無理です。手もふさがっていますのでつり革にはつかまれません。入り口の手すりにもたれて立ちたいので声をかけてお願いすると快く場所を譲ってくれましたし、我が家の最寄り駅では高校生がエレベーターに乗るのを助けてくれました。混雑時は元気な人に押しだされてなかなかエレベーターにも乗れないのです。もちろんエレベーター前についてすぐ乗ろうなどは思ってもみられません。皆が乗り終わってすいたところでやっと乗り込みます。


5月11日

駅に下りるエスカレーターの乗り口でお年寄りがエスカレーターに乗ろうとして乗れないでおろおろしています。そっと肩を抱いてエレベーターに誘導しました。
弱っていると下りのエスカレーターは本当に怖いのです。

それと 駅でいつも思ったことですが 弱ると上りより下るのが大変ですが片方しかない駅に設置されているエスカレーターは殆どが上りです。
もうひとつ 駅内の表示の解りにくいこと どこかにある筈と見回しますがなかなか見つかりません。エレベーターがある場所にしか表示が無いのが多いのです。せめて 各階段の上り口には エレベータのあり場所を表示して欲しいものです。そして 表示方式を考えるのは 是非障害のある方や老齢期に入った人に。そうすれば デザイン重視で何のための表示か疑われるような 小さな小さな表示はなくなるでしょうから。
市谷駅で都営新宿線に乗り換える途中に 多目的トイレがありました。まず 蛇腹の入り口がなかなか開きません。やっと開いて〆るとどうしても下のほうが開いたままになっています。駅のお手洗いは 入り口が階段になっているか一般用と別立てであるとこれと同じ蛇腹ドアで 閉まっても心配な閉まり具合と言うところが多いようです。これでは不安で使えません。到着まで後40分程度 我慢するしかありません。


5月13日

朝日ホールで 病院関連のセミナーがあります。都営三田線で日比谷迄。地下道
を使って デパートに入りデパートのエレベーターでホール階にと楽々と到着です。ところがホールに入った目の前に急な階段がそびえます。
ウワッと思いましたがまあ仕方ありません。よっこらしょっと階段を上ります。開演前ですが 席があらかた埋まっています。端の席が空いているのは関係者席しかありません。
主催者にお願いして席を融通していただきました。


5月16日

Y整形外科へ
レントゲン 2枚 膝の骨折も大分くっついてきたとのことでギブスが取れました。包帯で固定するだけです。足が軽くなりましたが 大分細くもなっています。先日擦れているようで痛かったところはやはり傷があった様でギブスに血が付いていますし 直径2cmほどのかさぶたができています。肩も大分良いようですが 大事をとってもう暫く三角巾固定 未だ 21日しか経過していません。今回はとっても早い回復です。前回、前々会の骨折は略4ヶ月ギブス生活でした。
ただ 未だ松葉杖ははずせないそうです。
帰りは銀行に寄りたくて歩道が狭いバス通りを行くことにしました。
自転車が りんりんとりんを鳴らして人をよけさせてスピードを出して駆け抜けます。
今度の負傷でこんな不愉快な思いをするのは初めて


5月19日

夕食会です。場所は代々木上原 時間は19:00から
最寄り路線は 千代田線です。ネットで検索すると我が家の最寄り駅の南北線からたどり着くには 溜池山王で銀座線 表参道で千代田線となっていますが表参道の通勤時間帯の混雑具合は 対応不可能 路線図とにらめっこすること30分
遠回りの上 溜池山王での乗り換えの為の距離はかなりありますが混雑具合はたいしたことなさそうと踏んでこの路線に決めました。
お陰で混雑を避けて代々木上原に無事到着。1階までもエレベーターで無事 ところがこの町は 阪の町で
私が目指す出口は坂の上の様で もう一階上がらなければなりません。急な階段が待ち受けます。そう甘くはありませんでした。美味しい食事を楽しい仲間と頂くのも結構大変


5月21日

鎌倉山へお料理のお稽古 それはそれは楽しみな一日です。
問題は大船駅 友人が落ち合って助けてくれると申し出てくれました。
大船駅について キョロキョロすると ありがたいことにエスカレーターができた様子。探すとホームの真ん中辺。3両分戻ってエスカレーターで改札口へ 
友人は見当たりません。暫く待って電話してみると 同じ電車で到着したようですが改札口に来るのが遅かったので もう バスに乗っているとの事
1階に下りるには 階段を下りるか エレベーターで下りてバス停はずれまで歩いて歩道を渡りバス停分戻ってタクシー乗り場にたどり着きます。階段を下りてタクシーに乗り込みます。


5月23日

Y整形 レントゲン
骨は どちらも完治  松葉杖も三角巾もさよなら

さあ 美味しいものを作って食べましょう。


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[千葉ウィメンズ・フォーラム]

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