悦子の談話室

小嶋先生百六歳でご逝去

     
 

小島千鶴子先生が百六歳でご逝去と新聞で拝見した。大変お世話になった方である。一昨年まで年賀状の返信に、歳のわりには元気ですと、大きな字で書かれてあった。昨年はお返事がなかった。ので、今年は私から出さなかった。
とにかく立派で凄い方だったので、自社や他社の役員すらも怖くてやすやすとは近寄れないと、遠くで平身低頭していた。
私が全国的なビジネスの女性の会を立ち上げたとき、あなたが会長をするのなら顧問になるといって下さった。40年以上も前のことだ。それ以降、わたしが関西での仕事の折にはわざわざ三重から出てこられて会って下さり、往きたいお寺があると一休和尚縁の寺まで遠く車で連れて行ってくださったりした。東京に出てこられた時は、会社に訪ねるとエレベーターで会った当時はまだ社長だったか、"弟です"と紹介されたものだった。定宿にされているホテルで皇居を見ながら食事のご相伴に預かったり。80歳頃には、陶芸特に陶人形造りに凝られて東京でも何度か個展を開かれ、その度にお会いした。
そして、亡くなられたご主人様のためのように、ご自宅の近くにパラミタ美術館を建てられ、多くの収蔵品とともにご主人様が画家でいらしたから彼の作品展示室も設けられて、立派なものだった。美術館を拝見がてらご自宅にも寄せていただいた。そこはロクロや電気窯が置かれて工房ともなっていた。
ともかく、懐かしい。あの温かい優しい笑顔が浮かぶ。先生、どうぞ安らかにお眠りください。

(22.6.4)

 
     

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