トルコの旅 10日間

第4日目  カッパドキア

世界遺産カッパドキアを見学

トルコのほぼ中央部に位置する。

カッパドキアの歴史は古く、紀元前8000年から7000年ころに人が住み始めた。

4世紀にビザンチン帝国時代にその領国になる。

オスマン・トルコ朝の支配を経て、1923年にトルコ共和国が成立すると、ここに住んでいた多くのキリスト教徒はギリシャなどに去っていった。

地形の特徴

キノコ岩や岩肌が白、ピンク、ベージュなどと幾層もあるカッパドキアの地形は、火山の噴火と風雨、川に浸食されたもの。

数億年前に起きたエンジェルス山の噴火で、凝灰岩と溶岩層が積み重なり、雨や風、そしてここを流れるトルコ最長のクズル川やその支流が大地を浸食して、渓谷や大小の谷を作り出した。

エセンテペにある親子岩

<ギョレメ野外博物館>

カッパドキアでは4世紀頃からキリスト教徒が共同生活を営んでいた。キョレメはその中心地。

イスラム教徒の迫害を逃れた信者たちは9世紀頃から洞窟教会や修道院を造った。10世紀のビザンチン時代には400以上の洞窟教会があった。

現在はギョレメの谷を博物館として保存、公開している。

洞窟教会には入れるところこあるが撮影はできない。

 

売店で、トルコののびるアイスクリームを食べる。

雪見大福の味。

 

<セルベの谷>

 

<岩を掘った一般家庭訪問>

60歳代のご主人が、子供たちと3年かけて鑿で掘り、2、3室ある家にした。

今はこのようなことはできない。世界遺跡だから。

入り口

側に咲く花。

寝室

家のテラスから町を見下ろす。

 

<ウチヒサール>

3つの要塞の意。カッパドキアで一番高い村。

岩の小さな穴は、糞を集めて肥料にするための鳩小屋。

 

だから、手前の谷は、<鳩の谷>といわれている。

 

<地下都市カイマクル>

カッパドキアには300以上の地下都市があるといわれる。

ここカイマクルは、内部に100の家があり、3000人が住める。

入り口

中の様子。仕切りは小さい。人々は小さかったのでは。通気口通信口があり、小さい声で一度に情報を伝達する仕組みも工夫されている。

 

<ローズ・バレー>

 

夜は、洞穴レストランで民族舞踊を楽しむ。

これは、お馴染みのベリー・ダンス。

 

カッパドキア泊

 

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