トルコの旅 10日間

第7日目 ベルガマ、トロイ

イズミールからベルガマまで、98km約1時間30分のバス北上の旅。

ほんと、1時間半なんて直ぐそこに思えてきた。

沿道の広大な畑で家族が農作業中。

広大に続く畑の中に、街が見えてくる。

集中して家並がたつ。

 

<ペルガモン王国の遺跡見学>

ペルガモン王国は、アレキサンダー大王の死後、部下によって紀元前281年に建てられた王国。

シリアを撃破し、紀元前2世紀は、第二のアテネといわれるまでに称えられた。

特に図書館の蔵書は、エジプトアレキサンドリアの図書館と肩を並べるほどで、エジプトからパピルスの輸出を禁止されたほどだった。

8世紀以降、アラブ人侵入により衰退した。

 アクロポリス

急斜面の丘に街は建てられた。

城壁は、古い物で紀元前4世紀のもの。

アテナ神殿址。

隣りに図書館があった。

眼下に街が広がっている。

重要な貯水槽址。

トラヤヌス神殿址。

古代劇場で一番急な劇場。

原型は紀元前2世紀に造られた。

現存するものはローマ時代のもので、3世紀にはカラカラ帝が祈りを捧げている。

北端には、演劇とワインの神ディオニソス(バッカス)が祀られている神殿があった。

1万5千人を収容できる!

ゼウスの祭壇址に立つ大きなトルコ松。

 

アクロポリスとアスクレピオンの間の街中にあるクズル・アウルという遺跡

2世紀頃、ハドリアヌス帝の時代に建てられた、アナトリア最大の神殿だった

エジプトのイシスやセラピスといった古代の神々を祭った神殿

ビザンチン時代にキリスト教の教会堂に改修。

現代は壁面のみが残っている。

神殿両側の搭は、モスクとして使われている。

 

 

 アスクレピオン

アクロポリスから川を隔てた対岸の丘に建てられた医学の神アスクレピウスに捧げられたもの。

当時の最先端の医療技術を集積した総合病院。

いまでもラジウムを含む鉱泉がでている。

この街道はアクロポリスまで続いていた。

入って直ぐ、前庭の建物の柱の下部が残っている。

へびとお椀が描かれている。

へびは現在でもヨーロッパでは薬局や救急車のマークに使われている。

 

各医療機関が機能的に配置されていた。

回廊には屋根がついていた。

聖なる泉。

入浴治療に使われていた。

いわば温泉だ。

劇場。3500席ある。

笑ったり、心地よい劇を観て、音楽を聴く。これらは医療行為と考えられた。

 

地下道入り口。

地下道。

俗世と治療場をつなぐもの。

患者はここを通るとき、お告げ(実際は医師の声)を聞いた。

 

 

ベルガマからエーゲ海沿いにトロイへ

180km約2時間30分のバス北西の旅

 

エーゲ海ブルーが続くドライブ。

トルコは、太陽温水器が盛んである。

 

 

世界遺産トロイ遺跡見学

入り口に掲げてある遺跡の全体図。

木馬。

ギリシャ神話にでてくるイダ山の松で、1975年に作られた。

10年間続いた戦争にスパルタ王率いるギリシャ連合軍は嫌気がさし、負けたと見せかけて大きな木馬を城外に置いて去る。

勝ったと思ったトロイ軍は、城門を壊し木馬を中に引き入れる。

その夜、トロイ軍は祝宴を開く。

夜陰に乗じて木馬から50人のギリシャ軍兵士がでてきて、戻ってきたギリシャ軍とともにトロイを滅ぼす。

知将オデュッセウスの策略だった!  とさ。

 

シュリーマンの発掘が書かれているのでは…。

ドイツ人のシュリーマンは、ホメロスの書いた叙事詩『イリアス』と『オデッセイア』にでてくるトロイ戦争を史実に基づいたものと考え、貿易商として財を蓄えた後、トロイの在りか探りあちこち発掘にかかる。

この地を探り当て、発掘して、金銀財宝を掘り当て、ここがトロイ戦争のあったトロイの街だと発表した。

しかし、かれは考古学的には素人であった。

後の専門家の調査によると、実は、この地は約4500年前からの9層にわたる遺跡が累積されていることが判明し、シュリーマンが掘り当てた層は、第2市に当る紀元前2600年〜2300年の層のものであった。ホメロスが描いたトロイは、第6市の紀元前1900年〜1300年の層にあたる。

ここは、第6市の層。

『イリアス』にでてくる、まさにトロイ王国の址。

城壁は、外敵を防いだはず。

トロイの王プリアモスや、戦争の発端を造った王子パリスとスパルタ王妃ヘレネなどが通った道である。

 

ここはどこだったかな?

トロイ戦争の映画などによれば、敵は海から攻めてくるのだが、現在は辺りに海などない。

このように、現在も発掘調査が進められている。

まだ全く手のつけられていないところが多い。

レンガが積み上げられた搭の址。

発掘中である。

シーメンス社が援助しているとのことであった。

第1市(紀元前3000年〜2600年)の層の住居址。

シュリーマンの遺構。財宝が発掘されたところ。

第2市(紀元前2600年〜2300年)にあたる。

第2市のランプ。大理石の敷石で舗装されている。

これはなんだったかな?

聖域。第9市(紀元前350年〜400年)のもの。

ペルシャ王が雄牛100頭を捧げたり、アレキサンダー大王もここで紀元前334年に神々に供物を捧げたと記録に残る。

井戸は一つは生贄の血を貯め、一つは流したとされる。

オデオン。第9市のもの。ローマ時代の小劇場。木造の屋根がついていた。

皇帝も訪れた。

トロイで一番保存状態のよいもの。

南門と物見の搭址。

第6市。

ということは、トロイの戦士たちはここから出陣した。

トロイの総司令官ヘクトル王子とアキレスが決闘したところ!

因みに、アキレスはパリスに足首を射抜かれて戦死する。

足元に転がったままのもの。何だったのだろう。

 

歴史のロマンを後に。

宿泊 チャナッカレへ30km、30分で着く。

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