ブラック・リスト

サラ・パレツキー著
山本やよい訳

早川書房
2200円+税

 腕力と正義感が人一倍強いシカゴの女探偵V.I.ウォーショースキー・シリーズは、特にキャリア・ウーマンの間で人気が高い社会派探偵物。この本はそのシリーズの中の一冊。

 9・11のテロ以降、全米が恐怖と麻痺に包まれて半年、ジャーナリストの恋人もアフガン取材に出かけ消息を絶っている不安の中、V.I.が果敢に事件解決に立ち上がる勇姿を、米国の社会背景が手に取るように解る描写で綴る。

 シカゴ郊外に残る二十世紀初頭隆盛を極めた超高級住宅地の、雪のように溶けてしまったドットコム成金には持ちこたえられなかった今は主のない豪奢な館に、夜間侵入者がいるようだとの、高齢なかつての女主人からの通報で調査に乗出すV.I.。

  彼女が学生時代にヒーローと崇めた憲法のリベラルな教授との繋がりが浮かんでくる。教授は五十年代半ば、ダイス委員会(非米活動委員会)から迫害され続けたにも係わらず、友人を裏切ることなく懲役刑を科せられることもなく、公聴会から出て行った不思議があった。

 ダシール・ハメットもマッカーシーの標的にあったあの”赤狩り”を絡ませてくる。ヒステリックなあの時代に戻りたくないとの願いが伺える。

 アフリカ系米人ジャーナリストの死体を、沼と化した古いプールで見つけてしまったり、愛国者法をかざして執拗に嗅ぎまわるFBIから、出稼ぎのエジプト人少年を匿ったりで、今回もV.I.は体力と知力と心根をとことん使い果たすことになる。

 9・11の一ヶ月後成立した愛国者法(“テロを阻止するために必要な手段を提供するための法”の頭文字を合わせるとPatriot となるため愛国者法と通称されるー反テロ法)の施行で、モスクに出入りする有色人種をアラブのテロリストと疑い追跡するのみならず、V.I.のような一般市民や団体にも盗聴やプライバシーが侵される事態が描かれる。

 先の中間選挙でブッシュ政権は大敗した。それ以前に、テレビである米国若手女優が嫌いな言葉はとの質問に、「ジョージに始まってブッシュで終わる言葉」と応え、聴衆から静かな拍手が起きたのを観たときと、この一冊を読んだとき、私はそれを予想できた。

(06.12.15)

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