神の火を制御せよ

パール・パック著
小林政子訳
径書房
2300円+税

原題”Command the Morning”は、旧約聖書のヨブ記から引用された。太陽を創った神がヨブに「汝は暁(太陽)を制したことがあるか?」と問う。

著者は宣教師の娘として半生を中国で過ごしたアジア通のアメリカ人。1931年に出版した『大地』は日本でも広く読まれた。本著は1959年に出版。出版後ベストセラーとなり欧州各国で翻訳されたが、日本では今年になってようやく翻訳出版にこぎつけたものだ。

マンハッタン計画に携わった科学者たちの、原子の力に関する世紀の大発見と第二次世界大戦中の核兵器開発競争にさらされる恐ろしさの間で揺れ動く心情を、読み易い小説にして問うている。時の大統領や将軍、長官、企業の担当重役は登場するが、仔細な戦略展開や専門的開発状況を語るのではない。あくまでも人間が原子力を操作する、科学者が兵器、しかも原子爆弾を開発することについての畏れ、苦悩を語る。

著者の分身とみられる優秀な若い女性科学者が登場するが、あくまでもリーダーの助手止まり。この時代の科学界にはキュリー夫人やその娘などの偉業もあったが、完全な男社会として著者は描く。
女性の立場は、妻の役割が偉大なことでしかなかった時代か。テネシーに原爆製造施設ができ、その近くに従業員宿舎ができて町となる。リーダーの妻たちはその町に越してきた従業員家族の世話役として働く。人口は7万5千人に膨れ上がる。学校、教会、ショッビングセンター、劇場などができ、実にアメリカ的である。

日本から真珠湾攻撃を受け、アメリカは参戦の大義名分を得る。
初めはナチ・ドイツに先に原爆を開発されてはならぬと競い、ドイツが降伏してからも、日本軍の太平洋戦争における蛮行から米兵を救うためにと開発を急ぐ。ソ連が日本に宣戦、日本の全面降伏は確実になったにも拘わらず、実はそのソ連へアメリカの威力を示すために、日本に2度原爆を投下したというのか。

原爆投下直後、開発リーダーはアリゾナ砂漠の強制収容所から開放された日系アメリカ人と長崎の廃墟を視察して、解き放たれた暁(人工太陽)の恐ろしさを実感する。

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