『日本問答』

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読書日記

2018年01月09日

『日本問答』 田中優子、松岡正剛 岩波新書 940円+税 

今年は開国して150年。明治150年ともいう。それまで連綿と続いてきた日本という国の姿形、いや日本人の文化、心の在り方が、がらっと変わってから150年が経過してきた。
この著書は、二人の識者がこれまでの日本の価値観、組み立てられ方を対話という形で問答している。じつにおもしろい。
この「開国」という言葉、そして「鎖国」という言葉は何かとか。そもそも「鎖国」という言葉、概念は無かったなど、実に興味深い。これまで掘り下げられてこなかった日本の在り様を、その道の研究者二人が縦横無尽に語り合っている。それでもまだ語りつくせない。
今こそこうした研究を現し、語り、受け継ぐことが日本にとって重要だとつくづく思い知らされる。

西欧には、精神のよりどころとなる確固たるキリスト教、その教えの元となる十戒があり、ギリシャ文化、ローマ文化が2000年以上も前から礎を築いている。
日本は、古来より八百万の神を祈り奉り、中国より仏教、儒教が伝わってくるとそれを咀嚼し、技術、制度、社会、文化も渡来人と共に時代と共に、日本に合ったところを取り入れ独自に発展させ、独特な日本の姿形を生きてきたと。

日本の「おおもと」を探っていく。
それを、「日本という方法」として捉え、デュアルな「やまとごころとからごごろ」「うちとそと」、「折りたたむ」、「見立て」、「やつす」、「しきたり」、「ゆずる」、「面影」、「直す日本、継ぐ日本」などなどとする。成程と同感、その分析に感心する。
例えば、絵画、文学、意匠など、日本の本質に迫ろうと抽出していくと、源氏物語など1000年の昔の面影、もののあわれ、花鳥風月、雪月花などなどが実は綿々と引き継がれているのだと。能などはその凝縮された芸術だと。そう、例えば美しい和装の帯の絵柄に杜若の模様がある。これは能の「杜若」からきている。その八橋の杜若を屏風などの意匠にもして国宝とされているケースも多い。
我はこうした日本人の一人なのである。

もっともっとこうした事を学びたくなったのは当然である。が…、
若干遅すぎる。自然と老いていく身体、こころは何時までも若いつもりだか、若い時にはこうした学びの心境にはなかなかなれない。若年寄にはなかなかなるのが難しいか。

* カミーユ・クローディルという女流彫刻家がいた。ロダンの弟子で愛人だったがロダンにアイディアなど盗用され後に精神に異常をきたして、自死したかな。昔夢中になって彼女の伝記を読み作品を鑑賞した。その彼女の弟にポールという、後に外交官になり1921年から5年間駐日大使になった人がいた。彼は姉からジャポニズムの影響で日本の美術工芸の素晴らしさを聞かされていた。
その彼の言葉は、「私が決して滅ぼされないよう願う一つの民族、それは日本人だ。かくも興味深い古い文明が消滅してはならない。日本人ほど驚くべき発展をした民族は他にない。人口は多いものの、貧しくとも高貴である」

今、彼の期待に副うことができるか。

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